2021年6月、世の中はまだ新型コロナウイルスの脅威に右往左往させられている中、初めての子どもが生まれました。どこに連れて行くにしてもマスクは必須、どこに入るにしても入り口で手を消毒するという、正常ではない世界に生まれ、少しずつ元に戻っていく中で育っていった娘も今年で3歳になりました。

 自身の3歳時の記憶はありませんが、クラシックバレエを始めた年齢です。父と母は共に美術大学出身。美術館や博物館の内装デザインの仕事に就いた父は、よく仕事の現場に連れ出してくれていました。一方、様々なジャンルの舞台の鑑賞に毎月のように連れ出してくれたのは母でした。創作物にせよ、身体的せよ、「表現」に接する機会が多い環境で育ったことを思い出します。

バレエを踊る女の子

 高校は当時全国で唯一演劇科を持つ、兵庫県立宝塚北高等学校演劇科に進学。伝統芸能を含む多彩な表現方法を学びました。その後、大阪芸術大学舞台芸術学科に進学し、学外ではローカルテレビ局の子ども番組のお姉さんとして番組の立ち上げに携わり、卒業までレギュラー出演していました。

卒業後、いったんは一般企業に就職するものの、2013年から2019年までパフォーマンスユニット「enra」で日本を含む世界中でパフォーマンスをしてきました。「enra」は映像と身体表現を組み合わせたパフォーマンスが特徴。言葉ではなかなか説明が難しいため、ぜひ一度当時の映像を観てみてください。

【enra】The introduction of “enra”

振り返れば、私たちのカンパニーは約30の国や地域で公演してきました。海外遠征で特に感じたのは、芸術が人々の生活の身近に存在していたことです。図書館や美術館、博物館などの一角で様々なパフォーマーが各々の作品を披露し、その多くを誰でも見られる環境がそこにはありました。

2014年6月フランス・オペラコミック
2014年 フランス・オペラコミックにて

 日本では芸術が限られた高尚な人たちのもの、一部の裕福な人たちのものという漠然とした印象があります。海外のように、何気なく歩いていて目に入ってくるものではないのです。私たちも、日本でパフォーマンスの機会がまったくなかったわけではありません。それでも、海外との環境の差は歴然としていました。

2015年11月UAE・byblos hotel dubai
2015年 UAE・byblos hotel dubaiにて

 今、自分の娘が3歳になり、これからどう育ってほしいかを考えるにつけ、自身の経験を振り返ることが増えました。私が高校や大学で舞台芸術を学んでいる時に「舞台芸術を通して豊かな人間性を育む」と、何度も先生がおっしゃっていた記憶があります。当時はあまり理解できなかったのですが、今、子育てをしているととても頷ける部分が多いのです。

 私は子どもの頃から人前に出るのが嫌いではなかったので、舞台上や教室の中で発表することに怖じ気づくことはありませんでした。当たり前のようにバレエの発表会で踊れましたし、教室で先生が「今日の給食は何やろう?」というと、大きな声で「先生の大好物のカレーやで!」と言うような子どもでした。

ところが、です。3歳の娘はどうも人前で何かをすることが苦手で、慣れない環境への警戒心が強いのです。保育園や家族の様に慣れた環境では自分をうまく表現できるのですが、不特定多数を前にするとどうしても引っ込み思案。それが彼女の個性だと認めつつも、もう少し壁を取っ払ってほしいと思うことが多くなってきました。

将来、人前に出る仕事をしてほしいとは思ってはいませんが、これから先の長い人生、人前に立つのをおっくうと思うより、楽しめた方がメリットが多いと思うのです。そんな娘の表現力や想像力、創造性、度胸を育むきっかけになればと、自分の母がしてくれたのと同様、定期的に芸術鑑賞に連れ出すようになりました。

1歳、2歳児の頃は赤ちゃんから鑑賞可能なオーケストラを観に連れて行きましたが、3歳からはお芝居やミュージカルでも鑑賞可能なものがたくさんあります。最近では、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとってSTEM 教育が重要とされていますが、そこにArts(芸術)を加えてSTEAM 教育が重要と言われ始めています。

 子どもの教育に正しい姿はないように思います。そして、結果として何かが見えるとしてもそれは10年後かもしれません。急速に進化を続けるテクノロジーに凌駕されないものがあるとしたら、それは数値化や言語化が容易ではないものかもしれません。同じ音楽でもイヤホンを使ってYouTubeで聴くのと、ライブで聴くのは違います。空気が震えて、文字通り肌で感じるその瞬間、人は何かを感じ取り、何かが内に芽生えるのです。

 演劇も同様です。巻き戻して再生できない環境で、次々と繰り広げられる動きや台詞を肌で感じる。いつしか感情移入して「自分だったらどういう気持ちになるだろう」「私はあんなこと言わないな」「あの人物に共感してしまう」といった想像が頭と心の中を駆け巡ります。

 すべてを吸収していく子どもたちだからこそ、きっと日常とは異質な環境に連れ出すことに意味がある。スマホで検索すれば容易に知識を得られる時代だからこそ、自分で体験すること、その体験を通して感じたことをもとに生まれるコミュニケーションを大切にしたいと思っています。日々、成長していく娘を見ながら切に感じています。

海外での公演では、舞台の上に上がりたい人を募ってワークショップをすることが多々ありました。子どもたちはもちろんのこと、大人も含めて手を挙げたり、声を上げたり、とにかく積極的に参加してくれる人が多かった印象があります。また、海外では公演中でも拍手やエールが飛んできます。こうした反応は演者としてとても嬉しいことです。

2018年 スペイン Auditori i Palau de Congressos de Castelló
2018年 スペイン Auditori i Palau de Congressos de Castellóにて

 一方、日本での公演では、奥ゆかしさがあるせいか、どうしても周りの反応を見て決める節があります。こうした経験を通して、自由に表現することを受け入れる環境が、幼少期にもっと必要なのでは?と感じるようになりました。

先日、幼稚園の見学に行った際、先生が「この蝶々の絵にきれいな〇を描いてみましょう」と語りかけていました。もちろん、きれいな〇を描けるようになることも大事なことですが、みんなが同じような〇を描くだけでなく、思い思いに自由な形を描くことも大事なことです。

大人はつい、きれいで、整った完成形を求めがちです。でも子どもたちは大人にはない、自由で豊かな発想を内に秘めています。いつも予想外のことに困らせられる日々の子育ても、裏を返せばとても創造的な日々なのです。そんな余裕をいつも持てるわけではないですが、一緒に芸術鑑賞をすることで、子どもに新しい感性を教わる気持ちで私自身、楽しんでいきたいと思います。

文化庁が取り組む「劇場・音楽堂等の子供鑑賞体験支援事業」

ご存知の方も多いかもしれませんが、文化庁の取り組みに「劇場・音楽堂等の子供鑑賞体験支援事業」というものがあります。

文化庁-劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業

HPを見てみると体験支援に該当する公演一覧表があります。子供無料席/同伴者半額席を募集しており、公演ごとに申し込み方法が記載されています。

この一覧から興味のある舞台を探してみるのもいいかもしれません。

次回以降私が子どもと鑑賞した舞台を少しずつレポート出来たらと思っています。