
元千葉市消防局 特別救助隊が語る、防災教育に本当に必要なこと
「家族と再会するため」として防災を考える
こんにちは、親子向けイベント専門の株式会社ピコトンです。
近年、防災イベントや防災教育が全国各地で行われる一方、知識を学ぶだけでなく、防災を「自分ごと」として捉え、実際の行動につなげてもらうことが課題となっています。
今回は、スサノオジャパン(SUSANOO JAPAN)代表、元千葉市消防局 特別救助隊の川嶋 翔さん(株式会社Team Navy 代表取締役)と、被災地支援や防災教育に携わり、現在も消防団に所属しながらスサノオジャパンで活動する長田 日菜さん(株式会社Team Navy 統括マネージャー)をお迎えしました。

「防災」というものに、私たちはどのような気持ちで向き合えばいいのか。防災教育はこれからどのように変えていけるのか。防災コンテンツを制作する株式会社ピコトン代表・内木が、お二人にお話を伺いました。
スサノオジャパン(SUSANOO JAPAN)とは

スサノオジャパン(SUSANOO JAPAN)は、株式会社Team Navyが主催する、消防官・警察官・自衛官・海上保安官など、全国の公安系公務員が参加するタクティカルレースです。災害対応や人命救助に必要な体力・技術を競い合うとともに、防災意識の啓発にも取り組んでいます。
親子で参加できる防災・防犯・救命体験ブースなどを設けたイベントも開催し、一般の方に向けて、家族で楽しみながら防災について学ぶ機会を提供しています。
→スサノオジャパン公式Instagramはこちら


▼▼2026年6月7日に実施した消防士・自衛隊員インタビューはこちら
スサノオジャパン誕生の背景|現場の経験を社会へ届ける橋渡し

内木:本日はよろしくお願いします。まずは、スサノオジャパンについて教えてください。
川嶋さん:よろしくお願いします。スサノオジャパンを立ち上げて、もうすぐ2年になります。最初の半年くらいは、どちらかというとフィットネス寄りのイベントを開催していました。それでも、「ただ体力を競うイベントではなく、社会的な意味のある発信をスサノオジャパンとしてしていきたい」という思いは、ずっと持ち続けていました。
消防士や自衛隊の人たちは、災害派遣や救助活動を日常の仕事として行っています。そのため、自分たちの経験を社会へ発信することに価値があると気づいていない人も少なくありません。現場の人間にとっては当たり前のことでも、一般の方にとっては初めて知ることばかりです。だからこそ、その経験を社会へ届ける橋渡しができたらいいなと思いました。
現場を経験した人だからこそ伝えられる情報を、もっと多くの人へ届けたい。そう考えて活動を続けてきた結果、防災コンテンツも少しずつ充実し、防災について発信できるようになってきました。それが今に至る経緯です。

内木:私たちも、防災コンテンツを作るようになってから専門家の方にお話を伺う機会が増えましたが、改めて気づかされることが本当に多いです。先日のスサノオジャパンのイベントを通して、消防士・自衛隊員の方にインタビューした際に、とても印象に残っている話がありました。
「大規模な事故や災害が起きた時、隣に誰が住んでいるか分からないと、救助が後回しになってしまうことがある」という話です。近所付き合いが命を守ることにつながる、というお話だったんですが、現場で活動されている方が話されるからこそ、すごく説得力がありました。そういう意味でも、現場の経験を直接聞ける機会は本当に貴重だと感じています。
川嶋さん:現場では当たり前になっていることでも、一般の方は知らないことがたくさんあります。だからこそ、その経験を広く社会へ届けることに意味があると思っています。
「命」ではなく、「死」と向き合う仕事
長田さん:私は消防士ではなく、消防団の活動をしながら会社員として働いていました。東日本大震災では被災地支援に携わり、その中で現場で活動する消防や自衛隊など、公務員の方々の姿を間近で見続けてきました。そのとき、自分には何もできなかったという思いがずっと残っていて、「防災のためにもっと何かしたい」という気持ちが強くなりました。
よく消防士は「命に向き合う仕事」と言われますが、実際には「死に向き合う仕事」という言葉のほうが近いと感じます。私自身、もともとは消防士になりたいと思っていました。しかし、災害の現場に行った際に、「助けられる人より、助けられない人のほうが多い」という現実を知りました。ドラマのように、必ず命を救える世界ではない。その現実を目の当たりにしたとき、自分が消防士という仕事に就くことに自信をなくしてしまいました。
それでも、死と向き合い続けてきた人たちが、「なぜ防災を伝えなければならないのか」を語ることには、大きな意味があります。例えば、「近所の人と挨拶をしましょう」という言葉だけを聞くと、「今さらそんなことを」と思う人もいるかもしれません。でも、その言葉がなぜ防災につながるのか。その背景にある本当の意味まで伝えられるのは、現場を知る人たちだからこそです。
そんな中、川嶋と出会い、「現場で経験したことを、社会に伝えていきたい」という思いが重なり、それが今のスサノオジャパンの防災活動につながっています。
内木:その言葉は、とても印象に残ります。私たちが普段目にしている情報の多くは、どうしても数字や結果だけですよね。
例えば、警察署の前などに交通事故の死者数が表示されていても、どんな事故だったのか、どこで起きたのか、その一人ひとりにどんな背景があったのかまでは分かりません。だからこそ、実際に現場を知っている方から、その背景や経験を聞くことで、単なる数字だったものが、急に自分に近いこととして感じられるようになるんじゃないでしょうか。防災も同じで、現場の経験を知ることが、自分ごととして考えるきっかけになるのだと思います。
長田さん:そうですね。被災地や災害の現場に立ち会った方々と接していると、「もう後悔したくない」という思いを強く感じます。だからこそ、私たちも「防災は何のためにやるのか」という原点に何度も立ち返ります。スサノオジャパンにも、そうした思いを持って活動している人がたくさんいます。
なぜ消防士や自衛隊員が集まる?スサノオジャパンが生むつながりの場

内木:スサノオジャパンのイベントには、多くの消防士や自衛隊員の方が参加されていますよね。しかも、報酬が支払われるわけではないのにかかわらず、これだけ多くの方が参加しているのはなぜなんでしょうか。
川嶋さん:消防士は24時間勤務ですし、仕事の中で感じていることがあっても、それを外へ向けて発信する機会はあまりありません。だから、スサノオジャパンは、そういう思いを表現できる場所でもあるんです。
私自身、スサノオジャパンは一つのメディアだと思っています。体を動かすイベントでありながら、現場の経験や思いを社会へ届ける場でもある。もちろん、自分自身の力試しというモチベーションもあります。でも参加者からは、「横のつながりができた」という声も多いんです。
消防士と自衛隊員は、実は普段ほとんど関わることがありません。また、同じ消防士であっても、神奈川県と千葉県のように、エリアを超えて交流する機会は多くありません。だから、「他の地域の人たちと交流したい」という思いで参加してくださる方も少なくありません。
長田さん:消防は市町村単位の組織ですし、自衛隊は国の組織なので、お互いに接点が少ないんです。さらに、山が多い地域、海に面している地域、雪が多い地域といったように土地柄によって備え方や訓練の方法も変わってきます。そうした違いについて直接話し合える機会は、意外とほとんどないため、スサノオジャパンは普段は交わらない人たちの交流の場としても活用いただいています。
内木:それは意外でした。消防士同士でも、もっと交流があるものだと思っていました。
川嶋さん:情報共有のための専門誌などはありますが、人と人が直接交流する機会はそれほど多くありません。地域によって訓練の内容も違いますし、市町村をまたいで交流する機会は限られています。
長田さん:海外へ行くと日本の良さに気付くことがあるのと同じで、他業種の方や、一般の方と交流することで、自分たちの仕事の魅力や価値を改めて感じることがあります。自分たちの仕事が応援されていることを、初めて実感する人も多いんです。
川嶋さん:公務員は、「公務員とはこうあるべき」という教育を受けています。だから、感謝されることを期待して仕事をしているわけではありません。それでも、自分たちの仕事を理解してもらえたり、「応援しています」と声を掛けてもらえたりすると、本当に励みになります。
特に自衛隊は日常生活と少し隔離された環境にいることも多く、一般の方と触れ合う機会が限られています。だからこそ、こういったつながりの場には大きな意味があると感じています。
現場の声と企業の想いをつなぐ、官民連携のかたち
内木:スサノオジャパンのイベントでは、企業との連携も特徴的ですね。
川嶋さん:そうですね。前回のスサノオジャパンのイベントには24名の競技参加者が集まり、企業ブースも出展していただきました。
消防士は普段、支給された資機材を使うことがほとんどなので、その製品を作っているメーカーの方と直接話す機会はあまりありません。競技参加者からも、「自分たちのために、こんな思いで製品を作ってくれていたんだと初めて知った」という声をいただきました。
私たちが目指しているのは、こうした出会いを生み出すことです。消防や自衛隊をはじめとする公安職の方々が、一般の方や企業、防災に関わる人たちとつながる機会をつくりたい。そして、その仕事や思いを知ってもらうことで、もっと社会からリスペクトされる存在になってほしいと考えています。
そうした「人と人とのつながり」を生み出すことは、イベントを立ち上げた当初から変わらない私たちの思いです。最近は、その思いが少しずつ形になってきていると感じています。

長田さん:そういう出会いがあることで、自分たちの仕事への愛着も深まります。官民連携というと難しく聞こえますが、まずはお互いの思いを知ることが大切なんです。
企業の方も現場の声を知ることができますし、現場で働く人たちも企業の思いを知ることができる。そういう場を作っていきたいと思っています。
内木:実際に使う方と作る方が直接つながる機会は、どちらにとっても貴重ですね。
川嶋さん:現場で使う資機材は数億単位の高価なものも多いですが、「それで一人でも救えるなら高くない」と言われる世界です。命を守るために、たくさんの人が思いを込めて仕事をしている。その背景を知ってもらうことにも、大きな意味があると思っています。
「なぜ防災を考えるのか」を伝える、防災教育のこれから
内木:今後、防災イベントはどのような形を目指していきたいと考えていますか。
長田さん:防災には、本当にいろいろな入り口があると思っています。都市計画の観点から見る防災や、食品の観点から見る防災などさまざまです。だからこそ、スサノオジャパンがいろいろな人をつなぐハブのような存在になれたらいいなと思っています。専門家の方をお呼びして、いろいろな角度から防災を伝えていくことも検討しています。
内木:そうやって防災への入り口を増やしていくことは、より多くの人に防災に関心を持ってもらううえでも大切ですよね。実際、私たちが防災イベントのご相談を受ける中でも、「なかなか人が集まらない」という声は本当に多くあります。
その背景には、学校などで行われる防災訓練の影響もあるように感じています。多くの人にとって、防災は「やらなければいけないもの」「参加しなければいけないもの」というイメージが強く、楽しみながら参加するものとして捉えられていないのではないでしょうか。
長田さん:そうですね、学校や地域の防災訓練では、「煙を吸わないように口を押さえましょう」とか、「お・か・し・も」を覚えましょうといったように、「教える」ことが中心になっています。もちろん、そうした知識は大切ですが、興味がない状態で知識だけを教えられても、なかなか自分ごとにはなりません。
例えば、「煙を吸わないようにハンカチを口に当てましょう」と教えられますが、子供たちは「なぜそうするのか」までは理解できていないことも少なくありません。極端な話、煙がほとんどない状況であれば、ハンカチを探すよりも息を止めて早く逃げた方が良い場合もあります。それでも、「ハンカチを口に当てる」という行動だけが記憶に残ってしまうんです。
防災バッグや備蓄についても同じです。「準備しましょう」と教えられても、「何のために備えるのか」という目的まで伝わっていないことが多い。だから、防災が自分ごとにならず、「興味のないことを教えられている」という感覚になってしまうのではないでしょうか。
私は、「何のために防災をするのか」という部分まで伝えられるようになれば、防災への向き合い方そのものが変わってくると思っています。
内木:確かに、防災訓練も「集まってください」「避難してください」というところから始まることが多いですね。
長田さん:そうですね。私たちが大切にしている考えは、「防災は家族や大切な人と再会するためのもの」ということです。もちろん、「生きるため」という考え方も大切です。でも、それだけではなかなか人は動けません。「大切な人とまた会うため」と考えた方が、防災はもっと自分ごとになり、行動にもつながるんじゃないかと思っています。
子どもを「防災のヒーロー」に|家庭へ広がる防災教育

内木:なるほど、「防災は再会するためのもの」。とても印象に残る言葉ですね。一方的に知識を教えるだけでは、なかなか身に付かないというお話にも、とても共感します。
特に子供たちは、災害そのものを想像することが難しいですよね。だからこそ、防災も「教える」のではなく、まずは体験してもらうことが大切なんだと感じています。
私たちも防災コンテンツを制作する中で、「防災だから参加してください」ではなく、「なんだか面白そうだからやってみよう」という入口を意識しています。遊んでいるうちに、気が付けば防災について学んでいた。そんな体験が理想です。
実際、『巨大防災スゴロク』を体験した子供たちは、家に帰って「うちには防災バッグある?」と親に聞くことが少なくありません。だから入口は何でもいい。まずは興味を持ってもらい、その後に正しい知識へつなげることが大切だと考えています。

また、体験を通して初めて生まれる疑問もあります。例えば、防災ラジオを見せると、「ラジオって何?」「災害が起きたら携帯は使えなくなるの?」といった質問が自然と出てくるんです。
そこで、「災害時にはラジオで大切な情報を聞くこともあるんだよ」と伝えると、子供たちはとても納得してくれます。知識だけを教えるのではなく、自分から疑問を持ち、その答えを知る。そうした体験の積み重ねが、防災を自分ごととして考えるきっかけになるのではないかと思っています。
長田さん:そうですね。私は以前、小さな防災イベントで、子供たちに本物のシートベルトを切る体験をしてもらったことがあります。車の廃棄部品をシートベルトメーカーさんから提供していただき、一人一回ずつ実際に切ってもらいました。
普段は絶対にできない体験なので、子供たちはすごく印象に残るんです。そして帰るときには、「お父さん、お母さんにも教えてあげよう」という表情をしています。自分が家族を守るヒーローになったような顔で帰っていく姿が、とても印象的でした。
やはり、体験したことは忘れませんし、「こんなことをやったよ」と家族にも話したくなります。そうやって子供たちが家庭へ防災を持ち帰ることで、防災が自然と家庭の中へ広がっていく。そういう仕掛けがとても大切だと思っています。だから私は、いつも「○○ × 防災」という組み合わせを考えています。どうすれば楽しい体験の中で、防災を自然に学んでもらえるのか。「面白そうだから参加したら、気が付けば防災を学んでいた」。そんな流れが理想ですね。
実は以前から、ピコトンさんの活動も拝見していましたが、「楽しさを入口にして学びにつなげる」という考え方には、とても共感していました。

内木:ありがとうございます。その「体験をどう作るか」という部分は、私たちもいつも考えています。防災コンテンツを制作するにあたり、防災士の資格を取得したり、専門家の方にお話を伺うことも多いのですが、お話を聞くと、「災害時は思った通りにはいかない」という現実を教えていただくことが本当に多いんです。
だからこそ、そうした現場の知見を取り入れながらコンテンツを作ることで、参加者にも自信を持って伝えられると感じています。
長田さん:もう一つ感じているのは、大人よりも子供の方が素直に防災を受け入れやすいということです。
例えば親御さんにハザードマップの話をすると、「家の価値が下がるから、あまりそういう話はしないでほしい」と言われることもあります。その気持ちも理解できますが、防災について考えるきっかけが失われてしまうことも少なくありません。
だから私は、子供を防災のヒーローにしたいと思っています。子供が家へ帰って、「今日こんなことを習ったよ」と親へ伝える。そうやって家庭の中へ防災が広がっていく形が理想ですね。

内木:そのお話は、私たちもイベントの現場でよく感じています。子供には、大人が思っている以上に人を動かす力があります。工作イベントでも、小学校くらいまでの子供は本当に想像力が豊かで、「こんな発想があるんだ」と驚かされることがよくあります。
一方で、大人は「いやいや、うちの子なんて」と必要以上に謙遜してしまうことも少なくありません。だからこそ、子供の発想や「やってみたい」という気持ちをもっと生かせる場を作っていきたいですね。
長田さん:例えば、「どうやったら防災備蓄をみんなに伝えられる?」というテーマを出すと、大人は「話して伝えます」と答えることが多いんです。でも子供は、「動画を撮ってみんなに見せる」とか、「ゲームにする」とか、柔軟な発想が出てきます。そういうアイデアは、大人にはなかなか思いつきません。
内木:確かに、現場でも「子供たちが楽しみながら学べる教材を探している」という声をいただくことが増えています。
私たちも防災テーマのスゴロクや防災クイズなどの教材を無料提供していますが、学校の先生をはじめ、放課後等デイサービスや子供食堂など、本当にさまざまな場所で活用していただいています。公開から約3年、この1年間だけでも約600件ダウンロードされていて、それだけ防災コンテンツへのニーズが高いことを実感しています。

長田さん:だからこそ、現場の知識と、ピコトンさんのような「楽しみながら学ぶ」という発想が組み合わさることで、もっと新しい防災教育が生まれるんじゃないかと思っています。
「無傷で避難できる」は前提にできない。現場から考える防災
内木:防災についてお話を伺っていると、「災害は教科書どおりには起きない」ということを何度も感じます。
私自身、防災について学ぶ中で、大規模災害が起きれば帰宅困難になる可能性が高いことも知りました。そう考えると、「どうやって帰るか」ではなく、「帰れないことを前提にどう備えるか」を考えなければいけないんですよね。子供に持たせる防災グッズもそうですし、その間どうやって命を守るのかまで考えておく必要があります。
現場で活動されている方のお話を聞くたびに、自分たちでは想定できていないことが本当に多いと感じます。
長田さん:そうですね。私が防災訓練などを見ていていつも気になるのは、「全員が無傷で避難できる」という前提になっていることです。でも、実際の被災地では、無傷だった人の方が少ないくらいです。地震が起きれば家具が倒れ、ガラスが割れる。避難するまでの間にも、小さなけがをすることは珍しくありません。
だから、防災というと非常食や防災バッグばかりが注目されがちですが、「怪我をした状態でどう行動するか」という視点も本当はとても大切なんです。例えば、一足のスリッパでも、踏み抜き防止のインソールが入っているだけで大きく違います。そういうことは、実際に現場を経験した人だからこそ実感できることなんです。
内木:確かに、多くの人が「自分だけはけがをしない」「自分だけは大丈夫」と思ってしまいがちですよね。
長田さん:いわゆる正常性バイアスですよね。
例えば私たちの事務所も、玄関までの間にキッチンがあります。地震が起きれば食器が割れて床に散らばる可能性がありますから、素足ではとても歩けません。それなのに、防災教育では「避難所へ向かいましょう」「子供を抱えて逃げましょう」というところから話が始まることが多い。でも現実には、その前にけがをしているかもしれないんです。
だから私は、「無傷で避難できる」という前提ではなく、「何らかのけがをしているかもしれない」という前提で備えることが、本当に大切だと思っています。
また、防災というと「避難所へ行くこと」が前提になりがちですが、私は基本的には在宅避難ができるよう備えることの方が重要だと考えています。
例えば、「ペットを避難所へ連れて行けるか」という話題はよくありますが、その前に、自宅で避難生活ができるよう備えておけば、その問題自体を小さくできるかもしれません。
だからこそ、防災イベントも、単に知識を伝えるだけではなく、現実に近い状況を想像しながら考えられる内容がもっと増えてほしいと思っています。自治体によっては力を入れているところもありますが、大切なのは予算ではなく、その体験にどれだけ意味があるかだと感じています。
川嶋さん:現実はそうではありません。例えば心肺蘇生の講習では、周りの人たちも落ち着いていて、AEDも手順どおりに使いますよね。でも、本当に自分の子供や家族が倒れていたら、そんな風に冷静ではいられません。
息子さんが倒れているのに、お母さんが落ち着いて対応できるとは限らないですし、「下手に触らない方がいいんじゃないか」と周囲から声が上がることもあります。現場は、講習のようには進まないからこそ、そういった現実も踏まえた防災教育が必要だと思っています。
内木:現場を知っている方のお話を伺うと、「知識を覚えてること」と「実際に行動できること」はまったく別なんだと実感します。
川嶋さん:火災についても、実際には「火で亡くなる」というより、煙を吸って一酸化炭素中毒になり、動けなくなってしまうケースが少なくありません。テレビや映画では炎の怖さが印象的ですが、現場で本当に怖いのは煙なんです。
こうした現実を、どうすれば体験を通して伝えられるか。それを考えることが、防災コンテンツを作る上で一番大切だと思っています。
災害そのものは体験できません。でも、消防士や自衛隊員がそこにいることで、「もし災害が起きたら」という空気や緊張感は作ることができます。
もちろんフィクションではありますが、想像力を働かせるフィールドをつくることはできる。その中で、自分ごととして考えてもらえる体験を届けたいと思っています。
「通報」のことも、子供たちは意外と知らない
内木:ここまでお話を伺っていて、知識だけではなく、実際に体験することの大切さを改めて感じました。
以前携わった、商業施設のイベントでは、消防の方が子供向けに119番通報を体験できるブースを出展していました。あれは、とても良い体験だと思いました。

長田さん:私も、通報についてはもっと伝えていきたいと思っています。災害だけではなく、普段の生活の中でも、例えば親が急に倒れてしまうこともないとは言えません。でも、そんな時子供は何をすればいいのか分からず、その場で固まってしまうこともあります。
それに、今いる場所の住所を伝えるすべを知らない子供も少なくありません。自分の住所を正確に言えなかったり、近くの目印の伝え方を知らないこともあります。
川嶋さん:もちろん通報時にはある程度の探知の仕組みはありますが、大型のマンションなどの場合特定が難しく、正確な場所を伝えられる方が早く救助につながります。向かいの家に誰が住んでいるのか分からない、近所の人に助けを求められない、そういったことも課題だと感じています。だから、通報を学べるイベントがあってもいいと思っています。
内木:実際に体験してみないと分からないことって多いですよね。例えば、本当に通報をした際に何を聞かれるのか分からないだけでも不安になります。
川嶋さん:そうなんです。訓練では決まった答えしか練習しません。でも実際には、「事件ですか、事故ですか」と聞かれて戸惑ったり、住所が分からなくて止まってしまったり、怖くなって電話を切ってしまう子供もいます。
本当は周りの大人を頼ることも大切ですが、それも簡単ではありません。だから、どうやったら子供が落ち着いて通報できるかを考えていきたいですね。
「遊び」から始める、これからの防災教育

内木:お話を伺っていると、防災はもっと遊びの形にできそうだなと感じます。例えば、ピコトンで展開している「発見デカマップ」は、デジタルカメラを持って町を歩きながら、面白いものや気になったものを撮影してくるイベントですが、防災版としてアレンジすることもできそうですよね。
「防災につながるものを見つけて写真を撮ろう」といったテーマで町を歩けば、普段は気づかない消火栓や避難場所、防災設備にも自然と目が向くと思います。
それから、自宅で「停電したら使えないものはどれだろう」「災害のときに持っていきたいものは何だろう」と家族で考える遊びも面白そうです。119番通報も、状況カードを使って「どう伝えたら相手に正しく伝わるか」をゲーム感覚で体験できれば、子供たちにとって貴重な経験になるのではないかと思います。

長田さん:いいですね。実際、大人でも身内に何かあれば冷静ではいられません。
だからこそ、子供のうちから「こんな時はどうするか」を遊びながら経験しておくことは意味があると思います。それに、「#7119」(※)の存在もまだあまり知られていません。救急車を呼ぶべきか迷った時に相談できる窓口ですが、いざという時には思い出せないことも多いんです。※#7119(救急安心センター事業)…急な病気やケガで「救急車を呼ぶべきか」「今すぐ病院に行くべきか」迷ったときに、医師や看護師などの専門家に相談できる電話窓口。
内木:私自身も、「この程度の怪我で救急車を呼んでいいのかな」と迷うことがあります。そういう判断も、子供の頃からクイズのように学べたら身につきそうですね。
長田さん:そう思います。「こんな時は呼ぶべきか?」ということを、小さい頃から考える機会があるだけでも違うと思います。
防災は「大切な人と再会するため」のもの
長田さん:私たちが一番伝えたいのは、「防災は大切な人のためを思ってすること」「防災は家族に再会するためのもの」だということです。
例えば、家族で一緒に防災バッグを作るとします。「お父さんにはこれが必要だね」「好きなお菓子も入れておこう」。そんなふうに相手のことを思いながら準備をする時間そのものが、防災だと思っています。
「なぜこれが必要なのか」「相手にとって本当に役立つものは何か」を考える。その気持ちこそが、防災の原点ではないでしょうか。
私自身、東日本大震災の時にそのことを強く実感しました。外へ遊びに出ていて家へ帰ると、下の兄弟が見当たらず、本当に焦りました。必死に探した結果、公園で普通に遊んでいたのですが、その時に「子供は大人が思っているようには行動しない」ということを痛感しました。
だからこそ、「もし災害が起きたら、ここで待ち合わせよう」と、家族であらかじめ約束しておくことが大切なんです。自分がすぐに迎えに行けなくても、「必ずまた会おう」と思えること。そのための備えが、防災だと思っています。
内木:その考え方は、とても大切ですね。東京では、私自身もそうですが職場まで30分以上かけて通勤している方も珍しくありません。専門家の方から、「電車で30分以上(15km超)かけて通勤している方は、無理に歩いて帰宅しようとせず安全な場所にとどまるのが基本です。一斉に帰宅しようとすると大量の徒歩帰宅者で大渋滞が発生し、死亡事故にもつながる集団転倒が発生する可能性が高まります」と教えていただいたことがあります。
一斉に帰宅しようとすると、道路が混雑して救急車などの緊急車両が通れなくなることもあります。こうした災害時の行動についても、まだ十分に知られていないですし、だからこそ、「家族と再会するためにどう備えるか」という視点で防災を考えることが、これからますます大切になってくると感じました。
今日お話を伺っていて、私自身も「防災は命を守るため」という言葉より、「家族と再会するため」という言葉の方が、ずっと心に残りました。
川嶋さん:私は消防の現場にいましたが、現場で経験したことは、その仕事をしている人にとっては当たり前のことですが、一般の方にとっては初めて知ることばかりです。
だからこそ、私たちが現場で経験してきたことを社会へ伝えていくことには、大きな意味があると思っています。今回のような対談を通して、普段はなかなか伝える機会のない現場の経験や思いを言葉にできたことも、ありがたく感じています。
消防士や自衛隊員、企業、地域の皆さん、それぞれが少しずつつながっていくことで、防災はもっと身近なものになっていくはずです。これからも、現場の声を届けながら、一人でも多くの方が防災を自分ごととして考えられるきっかけをつくっていきたいと思います。
内木:本日は貴重なお話をありがとうございました。
川嶋さん、長田さん:ありがとうございました。

▼2026年6月7日に実施した消防士・自衛隊員インタビューはこちら
おわりに
今回の対談を通して、最も印象に残ったのが「防災は家族と再会するためのもの」という言葉でした。
防災というと、備蓄品や避難所、防災訓練などを思い浮かべますが、その根本にあるのは「大切な人を思う気持ち」なのだと感じました。
家族で防災バッグを準備する。災害時の待ち合わせ場所を話し合う。そんな日常の小さな備えが、大切な人との再会につながるのかもしれません。
今回の対談が、防災を「やらなければならないこと」ではなく、「大切な人のためにできること」として考えるきっかけになれば幸いです。
ピコトンでは、日本で暮らすうえで大切な「防災」の意識と知識を楽しく学べる防災イベントコンテンツを多数ご用意しています。防災イベントの開催をご検討中の方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。








